「余光」だった記憶

わたしがいちばん最初にchikuniさんに惹かれたのは
実は作品ではなく、言葉でした。

ぽつりぽつりと綴る言葉が纏う静寂、
放たれた言葉の凛とした佇まい、
そこには心地好い重力があって、
作家ではなく、この人の想いや考えから
産まれているものを知りたいと思ったのです。

その日、陽が傾きはじめる頃の横浜の古いビル。
言葉が放つ温度や湿度と、同じ空間が其処にありました。
夕暮れの光が降り注ぎ、室内の影はくっきりとその彩りを増し
ひとつひとつの命が瞬く。

其処に在るすべてのものたちが、
本当に在るべき場所で、時とともに生きていました。

お話しながらも、創作の手を休めることはなく
その音さえも心地好くて、いつまでもいられると思ってしまうほどに。

その後、関東へ行った際や、各地の展示会や演奏会にも伺い、
いろんな景色を魅せてもらいましたが
いまでもあの日のカーテン越しの夕暮れの色、
作品たちの息づかいを思い出すことができる
そのくらいにとても佳い時間で
やっぱり、あのはじめましての時間は
わたしの中ではいちばん大切な記憶として、ずっと心に灯っています。

あれからもう4年半。
こんな日を迎えられるなんて、思ってもいなかった。。わけではなかったけども、笑
やっと、ついに、ここまで来れたのだなあと、感慨深いものがあります。

chikuni作品展「余光」

いちスタッフの超個人的な戯言だなあと思ったりもするのですが
大好きな人の大切な作品を、たくさんの方にご覧いただきたく思っています。
そして、此処だけでしか出会えないもの、作品がもたらしてくれる暮らしの豊かさ、
chikuniの在る食卓「余乎」小松陽子演奏会「余奏」などのイベントも盛りだくさんで
9日間という短い期間ですが、心をこめてお届けしたいと思います。

 

あの日、心に留まって消えなかったもの。

いつか、すべてが土に還る日まで。

 

ほし